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曼  荼  羅



仏像は紀元後一世紀頃から造られ始めました。最初は独尊だったものが、次第に三尊形式のものが多く作られるようになりました。南伝仏教やチベットの三尊像は釈迦と二大弟子のものだが、大乗仏教では菩薩が用いられ、脇侍は本尊の属性の一部を代表すると考えられています。

初期の曼荼羅はその三尊形式が発展したものです。これは現在の胎蔵界曼荼羅に発展していきます。
初期曼荼羅は下が西・上が東・右が北・左が南となっており、中央に釈迦を中心とした仏部、右側には観音菩薩を中心とする観音部、左側には金剛手菩薩を中心とする金剛部の三つから構成されています。上下は経典によって違うということですが、どの部も関係の深い仏菩薩を一箇所にしています。

曼荼羅は密教の世界を顕かにしたもので、仏の悟りの世界を現しています。
紀元前1000〜1500年ごろに成立をした、インド最古の『リグ・ヴェーダ』というバラモンの聖典の中で『巻』を意味する語として用いられ、密教では道場・壇といった意味の訳がなされています。
元々、曼荼羅の原語には[本来・本質・精髄]という意味があるところから、『完成されたもの』という意味になります。
完成されたものとは、仏の悟りの境界を指し、悟りの座である菩提道場(道場)をいいます。
曼荼羅を『壇』と訳すのは、インドでは土の壇を築き、その上に一定の様式に従った区画の線を引き、それに仏・菩薩の集合の絵図を描いたのに由来しています。


弘法大師 空海は密教・仏や悟りの世界は奥深いもので、言葉や文字で容易に説き示すことができないので、知らない人の為に図面をもって示すものと言っておられます。
インドの高僧 善無畏三蔵と金剛智三蔵が入唐し、善無畏三蔵が「大日経」で金剛智三蔵が「金剛頂経」を漢訳しました。そして、金剛智三蔵の弟子である、不空三蔵が大日経と金剛頂経をまとめ、密教の体系を作り、不空三蔵の弟子 恵果阿闍利、またその弟子の弘法大師と受け継がれました。

曼荼羅は金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の2種で一組となります。
金剛界曼荼羅は『金剛頂経』、胎蔵界曼荼羅は『大日経』が元となって描かれています。

正式には『界』を抜いて、金剛曼荼羅・胎蔵曼荼羅といいます。
曼荼羅は2つで1つの密教の世界を現しているものなので、界を付けると2つ世界になってしまうので、本来は界を付けないということです。


曼荼羅には次の種類があります。

大曼荼羅
だいまんだら
密教寺院に必ずといって良いほど、本堂などの道場に掲げてある
絵図の曼荼羅。悟りの世界を五色で色彩したもの。
三昧耶曼荼羅
さんまやまんだら
諸尊の徳を現した仏具類などの持物で、仏を表現している曼荼羅
三昧耶はサマヤで、シンボルという意味。
法曼荼羅
ほうまんだら
諸尊を現す梵字で描かれている曼荼羅
羯磨曼荼羅
かつままんだら
仏像で現された立体曼荼羅。毘盧遮那如来を中心に、各尊像が
配置されている。梵語のカルマンを漢字にしたそうで、活動・作用
働きという意味がある。全てのものは活動体で、静止しているもの
がないという意味。京都 東寺の金堂が有名。

四種の曼荼羅は、修行者の体・言葉・心の三つの働きに当てられています。
手に印【羯磨印(羯磨曼荼羅)】を結び、口に真言【法印(法曼荼羅)】を唱え、心に諸尊の誓願【三昧耶印(三昧耶曼荼羅)】を念ずることにより、仏と一体になる【大印(大曼荼羅)】が完成する。
身・言葉・心の行を行い、真実の世界曼荼羅を観想し、悟りを得るということです。

修行者が修さなければいけない修法が四つあり、その内の二つが金剛界と胎蔵界です。その体験の場で観想と観念を所作し、曼荼羅を媒体に即身成仏を目指すものです。